症状・経過

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症状・経過
 ←(2007年2月12日)

 肝硬変の症状の一つは、腹水コントロールが効かなくなり、
 このようにひどくお腹が膨らむことです。

 ・・・症状がひどい時には、お腹に溜まった腹水を静脈経由で
    全身に戻すデンバーシャント治療が施術されます。


          (治療中の写真へ)

※一部専門用語が入っておりますが、ご了承ください。
2003年4月 沖縄県宮古島で第19回全日本トライアスロン大会競技中全身のしびれに襲われ、競技続行不可能となり沖縄県立宮古病院に搬送、緊急入院。初めてB型肝炎急性憎悪と診断される。
2003年同月 神奈川県(自宅)に戻り相模原協同病院にて入院治療開始となる。高ビリルビン血症により黄疸著名。アンモニアの値が高く傾眠がち。点滴、利尿剤、血清アルブミン、アミノ酸製剤など投与して、安静を強いられる。そこでもまたB型肝炎急性憎悪による肝硬変との診断を受ける。
2003年5月より〜 仕事への責任もあり退院、自宅内服治療と定期通院で、治療を続ける。
2005年12月頃 高熱、腹水貯留が出現。
2006年1月中旬〜 高熱、腹水貯留にて相模原協同病院入院。血清アルブミン製剤、利尿剤、輸液投与し安静加療。
2006年1月下旬〜 退院後、通院加療、その間も幾度も熱発、腹水による両下肢の浮腫、鼠径ヘルニアの痛みに苦しむ。
2006年5月初旬 リサイクル回収業務中、突然強度な胃痛に襲われ、東京都あきるの市にある、公立阿伎留病院に搬送される。その後、肝臓病(肝硬変)に関しては以前から診てもらっていた事もあり、公立阿伎留病院から相模原協同病院に転送して貰い輸液投与施行となる。
2006年5月中旬 左鼠径ヘルニアに関しては、メッシュプラーグ法にて手術及び、腹水貯留が原因による陰嚢水腫手術施行。(相模原協同病院入院加療)
2006年6月 腹水貯留、両下肢浮腫にて血清アルブミン投与、入院、加療。(相模原協同病院)
2006年7月
 〜9月にかけ
腹水貯留、コントロール不良にて血清アルブミン投与、腹水穿刺施行、入院・加療。(相模原協同病院)この間、近医、大塚内科医院にて、強力ネオミノファーゲン、利尿剤投与のため通院。
2006年8月 実兄より、生体部分肝移植の話しが出る。1%の望みでも賭けて見たいと言う思いがあり、相模原協同病院よりの紹介で、東京医科大学八王子医療センター松野助教授のもとを訪れる。
2006年9月初旬 生体部分肝移植の話も進める一方、デンバーシャントも、検討したい気持ちもあり、腹水コントロール目的で千葉県松戸市にある、島村トータルケアクリニック受診する。そこで、島村先生と話し、デンバーシャント手術により腹水コントロールしていくことを決意。
2006年9月初旬 腹部蜂窩織炎、高熱、腹水コントロール不良・両下肢浮腫で入院・輸液・アルブミン製剤投与・加療。(相模原協同病院)
2006年9月
 中旬〜下旬
腹水コントロール不良のため、島村トータルケアクリニックに入院。デンバーシャント手術施行。無事成功する。
2006年10月 島村トータルケアクリニック退院後、相模原協同病院でのフォローアップは行い、同時進行で生体部分肝移植の話も進めていく。
2006年11月 相模原協同病院から東京医科大学八王子医療センターへ転院となる。既に、腹水コントロールがつかなくなっており、生体部分肝移植の話が進む。
2007年1月15日 2回の検査の結果、実兄からの生体部分肝移植を断念。
2007年1月31日 日本での脳死肝移植の登録申請(信州大学医学部付属病院)。同日、東京医科大学八王子医療センターとの連携により米国UCLAメディカルセンターでの、肝移植受け入れ内定。内定に関しての書類が届く。デポジット金額(保証金額)は約44万ドル。( 約 53,680,000円 )
2007年2月1日 上記の書類に記載されたデポジット金額に呆然とし、公開募金活動準備に取り掛かる。