〜〜〜 平山経政(本人)からのお願い 〜〜〜
2003年春、沖縄県宮古島で第19回全日本トライアスロン大会の競技中、突然全身のしびれに襲われ、競技続行不可能となり沖縄県立宮古病院に搬送され、緊急入院となりました。そこで初めてB型肝炎急性憎悪と診断されました。すぐに神奈川県(自宅)に戻り相模原協同病院で検査の結果、母子感染からのB型肝炎であること、しかも、すでに肝硬変に至っているとの診断を受けました。肝臓は沈黙の臓器と呼ばれるように、本人が自覚しないうちに病状が進行するという事を、身をもって認識させられました。
母は経済的にも苦労しながら、女手一つで私たち息子3人を育ててくれてました。私はそんな母に親孝行したいという思いから、仕事を一生懸命頑張り、独立し、会社を立ち上げました。そんな折、兄が34歳の若さで他界し、母を助けたい、という私の思いは益々強くなりました。病気の診断を受けた後も、健康を取り戻すべく治療を続けてきました。しかし、去年の9月に病状が悪化してからは、もはや普通の生活ができなくなり、心の支えでもあった仕事も続けることができなくなりました。日々動かなくなる身体、増大する苦しみと痛み、厳しい現実に直面させられ、そして、死への不安と
経済的な不安が重く私の心にのしかかり、毎日沈鬱な気持ちで過ごしていました。しかし、私はこのままでは死ねません。天職と思っていたリサイクルの仕事は中断し、妻に対しても何もしてあげていません。病気の為 結婚式もしていません。社会復帰を果たし、家族に恩返しをしたい。妻には二人でもう一度宮古島に行けたら、簡単な結婚式をしょうと約束しました。一日も早く健康になり社会に復帰すること、妻との約束も叶えること、そのために渡航肝臓移植に望みをかけることにしました。
今、募金活動で私自身に生きるチャンスを与えてくれている「救う会」やボランティアの方々、そして多くの皆様からの募金や支援が、私自身にとって励みと生きる希望となり、私の病気を克服する気持ちを後押ししてくれています。また全国のたくさんの方々から、温かい励ましのお手紙を頂き本当に有難く感じております。言葉ではとても言い尽くせません。ご支援いただいている、すべての皆様に心から感謝いたします。目標まで、まだまだ辛くとても厳しい道のりですが頑張ります。
私の今の夢は、仕事に復帰して社会に貢献すること、母に恩返しをすること、そして、妻との約束を果たすこと。この夢に向かって、残された力をふり絞りがんばっています。そして、自分勝手でとてもわがままな事ですが、健康を再び手に入れることができたら、宮古島の青い空、青い海でもう一度泳ぎたい...。と思っています。どうぞ、皆様からの暖かいご支援の程、よろしくお願い致します。